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 大津市長選挙も終わりました。越氏が推した候補者は敗退。佐藤新市長が誕生。新しい大津市政はどのようなものになるのでしょうか?元議員の立場として大変興味があります。大津市民が住みよいまちづくりが進み、事業者にとっては商売繁盛につながるそんな市政運営を公民連携で進めてもらいたいと思います。あわせて、越市政でないがしろにされてきたコンプライアンス問題についても一度検証が必要です。人心一新を図った上で、政治行政を前に進めてもらうことを期待したいです。

 私はこの1月から職場が移転し、渋谷の一等地である駅上ビル「渋谷スクランブルスクエア」で働き始めました。地上30階以上から望む絶景は素晴らしく、フレッシュな気持ちで仕事に取り組むことができます。オフィスからは晴れの日は富士山も臨むことができ、また眼下の渋谷の街並みは壮観です。夕方には美しい夕焼けが、夜は東京の美しい夜景を見ることができます。

 

 

 
 ただ、この素晴らしい環境も今月中旬で終わりにします。
 思えばここ東京に来て、素晴らしい出会いがたくさんありました。得難い経験もたくさんすることができ、関わってきて頂いている皆様とは今後も引き続き交誼を続けていきたいと思っていますが、もう少し本当に自分がやりたいことに注力して、限りある時間を使っていこいうと考えています。

 詳しくは来月のブログ記事に書きます。
 その先に、進んでいきます!


藤井哲也






謹賀新年2020


 新年あけましておめでとうございます。
 旧年中は大変お世話になりまして誠にありがとうございました。
 
 議員活動8年間の締めくくりということで、年始早々から県議選・市議選のお手伝いをするところから始まり、選挙が終わればすぐに地域の一大行事である 鯉のぼり祭り に関わりました。その後、五月連休後には東京に出て仕事を始めました。
 東京に出てからは毎日充実した生活でしたが、すぐに痛風・ヘルニア・心房細動と病気が続き、仕事もお休みせざるをえない状況になるなど、心身ともに疲弊した日々を潜り抜け、ようやく秋ころからはひと段落し、その後は貴重な人脈や経験を積むことができてきたように思います。大厄の一年であったことを振り返ると、確かに波乱万丈な一年でしたが、人間的に大きな成長をすることができた一年であり、また健康や家族というこれまであまり重視してこなかった事柄にも目を向ける一年になったと考えています。

 


 本年の最大の目標は、商売繁盛です。
 大きなことを為すために、必要となる原資を貯めていきたいと思っており、そのためには事業を前進させていく必要があります。昨年その基礎を築くことができたと思っております。そして官民連携の最前線の状況を学ぶことができたと感じています。これからの「公共」のあり方を考えると、民間が公共サービスを担っていく必要があるのは時代の流れですが、どのように推進していくのかは重要な社会課題となっています。荒行として捉えている昨年の経験を生かして、私ができることを着実に進めていこうと思っております。




 
 また就職氷河期世代の支援事業が本格化します。
 私のライフワークと言ってもいい就職氷河期世代支援。2003年に会社創業して以来、この世代の就労支援に関わってきました。2000年代に進められた国の若年者就業支援事業によって一定層の就労支援は実現してきたものの、2020年現在、生活基盤が安定しない方たちにとっては、年齢から考えても、不安定な就労・生活から脱するラストチャンスといってもいいように思います。昨年、東京に出てきてから、就職氷河期世代の支援施策の企画立案、推進に関わる方々との人的つながりを形成できたことは、私にとってはありがたいことでした。滋賀にいればできなかったことの一つだと言っても良いように思います。これから3年間、この世代の支援施策が進められます。私も初志を大切にして、この問題に関わっていこうと思っています。







 先にも書きましたが、健康と家族の大切さも改めて認識しました。41歳ともなってきて、まだまだ自分なりには若いつもりでいますが、いつまでも生きられるわけでないことも感じています。人生に限りがあること、時間を無駄にしないように、日一日をしっかりと生き抜いていかねばと思います。
 また家族との時間も大切にして、家族の幸せ、そして自分の想いが両立できるようにしていくことが、本当に重要であるとも考えています。

 とりあえず、社会のためにがんばろうという想いだけは今年も強く持っています。
 多くの方のために、役立てるように頑張ろうと思います。
 本年も一年、なにとぞよろしくお願い申し上げます。


藤井哲也


 













師走の東京(就職氷河期世代支援について)


先日、久しぶりに見た、びわ湖はすごく綺麗でした。


初夏5月。なにもベースがないところから、ひとり東京で仕事と生活を始めました。
約8年ぶりに公職から外れて完全民間の立場で仕事をしてきて、どうなるものかと思っていましたが、捨てる神あれば拾う神あり。一人暮らし当初は体調不良に悩みましたが、おかげさまで、自分が思っていた以上に順調に仕事をすることができています。

これもひとえに東京に来てお世話になっている皆様のおかげであり、また私の挑戦に理解をしてくれている家族のお蔭です。さらには8年間の議員活動の中でお世話になってきた皆様、期待をしていて頂いてきた皆様のためにも、東京に来てヘタるわけにはいかないという想いを持たせてくれた大津の皆様のおかげでもあります。

この間、参議院選挙があり、また大津市と京都市の市長選挙も年明けに行われます。私にとって現職市長が辞めて、新人同士で選挙をするという戦いになることは想定外でしたが、正直、大津市的にも、越市長的にも、また行政的にもあらゆる点で限界に達していたので、辞めること自体はいいことだと思います。越市長8年間の中で今回の引退という判断はもっとも評価してもいいのかもしれません。
越市長の後継者として立候補しようとしている小西さんとは今年9月たまたま東京でお会いしたのですが、憔悴しきった感じでした。「みなさん理解してくれないんですよ。藤井さんも知ってるでしょ、私の親父がバリバリの自民党で。すきでこんなことやっているわけないじゃないですか」と。そこならなぜこのような立候補の意向に傾いたのかは全く分かりませんがいろいろあったんでしょう。
東京にいる私が言うのも筋違いかもしれませんが、市長選挙は首長を選ぶ選挙でありますが、それぞれの候補が当選した場合を想定して、議会との権力構造も合わせて、どのような自治体であってほしいかを考えて、個々の投票をして頂きたいと念じています。


さて、私の挑戦はいま正に佳境を迎えていると言っても過言ではありません。
盛んに報道されている通り、「就職氷河期世代の活躍支援」が政府・中央府庁で熱く議論されている真っ最中です。

厚生労働省の方々や関心高い国会議員の皆様とも意見交換を重ねており、その都度、現在の政策立案の状態や今後の方向性について教えて頂いております。また、どれだけ影響があるかは分かりませんが、自分の考えや政策提言もその場でさせて頂いております。
すでに大阪府や熊本県、愛知県、沖縄県などでモデル事業がはじめられ、宝塚市はじめ多くの基礎自治体で当該世代を対象とした採用がなされています。来年度からは本格的に事業展開が全国規模で始まります。私にとっての最後の議会(本年2月通常会議)で、就職氷河期世代の積極支援を取り上げました。越市長はほとんど前向きな答弁をしませんでしたが、国や全国の関心ある自治体ではすでに動き始めています。
是非、滋賀県や大津市でも、前向きに就職氷河期世代支援に取り組まれることを願ってやみません。

私がなぜここまで就職氷河期世代支援にこだわるのか。それは自分自身がそうした立場にいる方々と接してきたからです。議員になる前は、今も代表である会社経営者として、若年者向けの就労支援事業に携わってきました。また、私自身がそうした立場にいる方々の想いを知ろうと、敢えて様々なところで働かせて頂いてきました。朝4時から弁当工場で働くシングルマザーの人たち、クリーニング工場ですごい重労働で時給800円で働く若者たち、飲食店で仕込から働きながら昼は正社員を目指してスクールに通う人たち。いろいろな人を見て、そして話を聞いてきました。今もなお、私の脳裏にはそうした人たちの姿が残っています。なんとかしたいんです。これまで関わってきた方たちの顔が浮かんできます。

就労支援の現場での経験、自治体における施策を見てきた経験、そして今、東京で新たに形成しつつある素晴らしい人的ネットワーク。永田町・霞が関で行われている政策形成プロセスの中で全方位で動き回りたいと思っています。きっと私でしかできないことがあると感じています。

このほか、企業の人事労務担当者向けに出されている雑誌「人事実務2019年12月号」(産労総合研究所)に、「就職氷河期世代を戦力化する人事実務、マネジメント」という寄稿をさせて頂きました。私の前に小杉礼子先生が就職氷河期世代を統計的に捉える寄稿をされ取り、それに続いて、実務的にどのような点に注意して、企業人事担当者は就職氷河期世代を迎え入れればよいのかを、述べさせて頂いております。

 


国や自治体がいくら笛吹けど、実際に労働者として受け入れる企業がその気にならねば、この就職氷河期世代支援は全く実効性を伴いません。予算をつけたからといっても、やはり氷河期世代の所得向上や雇用改善には民間の力が必須です。そうした点で官民連携のスキームで取り組もうとする府庁関係者の方向性は良いと思います。
一方で、企業側には就職氷河期世代を受け入れた経験がなければ、世の中にもそうした知見がほとんど蓄積・共有されていないのが現状です。今回の寄稿文は、そうした知見の先鞭をつけるべく、私のこれまでの経験を結集して書き上げたものです。著作権の関係でここで共有することができませんが、図書館などでぜひご覧頂ければ幸いです。

自分自身が考える就職氷河期世代の活躍支援施策における提案を一旦、まとめました。
地方創生交付金のような比較的自由に政策立案に活用でき、地方の独自性に即した交付金が必要だと思っています。いまは自治体の政策としては、自治体として当該世代を採用することが報道されていますが、それではたった数人の採用しか生むことができません。そうではなくて、その地方独自の施策・制度を設けて、自治体と民間企業が協力し合えば、数十人、数百人の当該世代の採用や活躍につなげられると思います。




私なりに使命感を持ち、この問題に取り組み、納得できるような成果を出したいと思っています。



(7歳になった息子に撮ってもらいました)


藤井哲也





市議会議員卒業から半年。バリバリがんばっています。



 議員任期が終わって、あっという間の半年が経過。
 最近は東京生活も日常化しつつあり、大変充実した日々を過ごしています。

 大変華やかな場に参加させて頂くこと、大物国会議員の先生方や政策立案のキーマンとも言える府庁職員との接点、国会議員秘書も含め、表に名前は出ない立場ながら私と同じように様々な調整をしている方々との出会いに恵まれています。
 また東京(というか東京の私の周り)では公共セクターのオープン・イノベーションに関する取り組みについて多くの知見が共有されており、そうした知見を共有したり、更に深めるためのプラットフォーム組織も相次いで立ち上げられています。私もそのいくつかにお声掛けして頂きジョインしています。

 それにしても、「世の中、こんなに東大卒が多いのか!」と思う毎日です。感覚的には関わる方の半数が東大卒。こんなに賢い方々がいろいろと政策立案に関わっているのだから、日本の政治行政ももっとよくなっていいと思うのですが、一概にそうとは言えません。特に地方政策は元地方議員の目線から見てあまりよくないように感じます。中央目線で地方を見ても、やはり地方は良くならないように思います。

 私にとってこの半年間での経験、形成してきたネットワーキング活動は大変有意義なものだったと感じています。
 前回投稿からの1カ月の間で、私も年齢を一つ重ね、41歳になりました。
 職業人生を20歳から80歳までと考え、それを3つの時期に区分けすると、前期(20歳~39歳)では、起業・会社経営、そして地方議員の経験をさせて頂き、中期(40歳以降)の活動基盤を作れたように思っています。40歳から59歳までの中期は、これまでの基盤を活かして、お世話になってきた方々や地域のためにも、いよいよ成果を社会に還元していきたいと思っています。
 そう考えると、この40歳からの1年間、いろいろとありましたが、議員を辞めて、身一つで東京に出てきて、自分なりに納得できる活動ができてきたのは良かったと思っています。

 将来、滋賀県に戻ってくるのか、また政治家はするのかと言う問いを頂くこともあるのですが、今のところは全く白紙です。あくまで政治家というポジションは手段であり目的ではありません。大津市議の場合、月収56万円を市民の税金から頂いていて、市民生活向上のために専念しなければなりませんが、果たしてそれに没頭することが自分の想いに重なるのかは、その時々の心境や状態によって、その時になってみなければわかりません。県政に興味を持つこともあれば、国政に興味を持つこともあり得ると思っています。ちなみに今は、就職氷河期世代の活躍支援というライフワーク一点だけに興味関心が集中しています。

 おかげさまで、就職氷河期世代活躍支援の政策立案に中枢で関わる方にもお会いすることができ、有意義な意見交換の時間もありました。さらに就職氷河期世代活躍支援に関して、いくつか雑誌社から寄稿依頼を頂戴しており、そちらに自分の見解を書いて社会提言することも実現できそうです。あとはいかに中央府庁や国会で就職氷河期世代活躍支援が実効性あるものになっていくのか、私なりの活動を行っていきたいと思います。その先に、また新しい活動の芽が出てくると思います。すでに少し見えてきているのですが。



夜の国会議事堂は見るとなぜかモチベーションが上がります。頑張らねば!


 
多くの方との出会いの中でも特に意気投合したのは写真の彼。11月1日に新規オープンした渋谷スクランブルスクエアのオープンイノベーションスペースの運営に携われることになりました。


中高とバスケ部でした。Bリーグ関係者ともこちらではよく出会います。Bリーグが開幕し、昨年圧倒的な結果を残した千葉ジェッツも観に行きました。大変な盛り上がり。京都や滋賀のチームを見てきたけど、明らかに演出力が違う。滋賀にも絶対にアリーナが必要。瀬田の山奥の体育館ではなく。



藤井 哲也



 

議員任期満了5か月。


 だいぶ涼しい季節になってきました。議員任期満了して5か月。
 徐々に東京での活動も実を結んできている実感を覚えています。
 具体的な形となって成果を残していけるのはもう少し先になりそうですが、引き続き、もう少し日本の政治経済の中心地でがんばって様々なことを吸収し人脈形成もしていきたいと思います。きっと東京でのこの経験が私にとって修行であり、リカレント教育であり、今後の飛躍につながっていくものだと確信を抱いてきています。

 大津市ではコミュニティセンター条例を巡って動きが活発です。客観的、大局的に物事を視ると、一種の権力闘争の様相だと感じています。単なる一施策を巡る議論を越えて、市長や市議会、自治連合会などを巻き込んだ、新たな政治行政フレームワークの在り方をどのようにしていくのかが、水面下で動いています。中にいて入ってくる情報もあれば、離れていて入ってくる情報も多くあります。いずれにせよ、新たなフレームワークが形成された後には、クリーンでオープンな政治行政システムであってほしいと思います。特定の議員や、市長のみに権限が集中するようなことがあってはならず、そう考えると二元代表制というのはよくできた政治制度だと思うと同時に、首長権限の内部統制機能が不十分であることから、より独立性が高い監査機能があって良いと考えます。

 第200回国会が始まりました。初めて天皇陛下をお招きした国会開会式に参加させて頂きました。厳粛な雰囲気の中で素晴らしい経験ができたことを有難く思っています。国会議員の皆様が12月上旬まで東京在住が多くなるので政治会合が増えます。政策渉外・パブリックアフェアーズの仕事はできる限り、様々な機会をとらえて政治家の皆様と接点を持ち、社会貢献活動に向けて情報提供などをしていくことだと考えています。
 東京での活動をしている中で、様々なチャンスやお声掛けを頂戴することが増えてきました。常にチャンレンジ精神を持ち、よりよい針路をとれるように、アンテナを張り巡らして日々新たに動いていきたいと思っています。




 議員活動後半で頑張った取り組みの一つとして堅田駅西口エリアのまちづくりがあります。
 子どもにとっても安心安全な道路整備や、独自性ある堅田駅西口広場の整備、河川浸水対策や、その先にある(株)大林組から無償譲渡された土地利用の在り方検討などなど。
 議員任期中になんとか堅田駅西口広場は完成させたかったのですが、延期に次ぐ延期で、ようやく9月シルバーウィーク後の供用開始となりました。
 大津を離れる前、昨年秋から、大津JCの友人らと一緒に仕込んできたイベントも開催され、大変な賑わいとなりました。個人的な思いとして、この広場が、この地域の発展にとって、その中心地になることを願っています。多くの堅田駅西口区画整理事務所の職員さんにもご尽力を頂きました。


 

 ガバメント・リレーションズ(GR)とは、公共セクターとの関係性を持ちながら、民間のリソースを生かしてソーシャルイノベーション(社会変革)を起こしていくための取組です。パブリック・リレーションズ(PR)が広くマスコミを通じた社会変革への動機であるのと比較して、より公共部門にフォーカスした取り組みです。
 私もこうした取り組みに参画して、新たな社会変革の担い手になっていけるように努めていきたいと考えています。




 東京には文化芸術の拠点が多くあり、それを担う人たちも集中しています。クラシック音楽も関西に比べてリーズナブルに良い演奏を聞けるので、私としては嬉しい限りです。
 若者が東京に集中してきているのは、経済・雇用の中心地であることもあると思うのですが、文化芸術やエンタメなど、仕事外の余暇時間の楽しみ方の幅があるように思います。雇用だけなら地方でもありますし、テレワークも普及しつつあるので可能だと思いますが、余暇時間を大切にする若者や子育て世代(高齢世代も)にとって、やはり東京に集中している文化芸術の拠点は求心力があるのだと思います。逆に考えると、そうした施策を地方がとれば、若者の移住定住につなげられるのではと思います。


藤井 哲也






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