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初秋東京



 少しずつ涼しくなってきました。
 東京での仕事が始まって4カ月。だいぶ慣れてきました。
 バリバリ動いています。

 「政策渉外・パブリックアフェアーズ」という仕事は恐らく東京にしかないだろうと思います。国会議員も中央省庁やマスコミなど、この国のルールメイキングに関わる人の大半は東京圏にいます。これは戦後進められた東京一極集中の施策が功を奏したともいえ、非常に効率的に政策形成をすることができる仕組みになっているのだと思います。(それが地方にとって効果的な施策かは別として)

 私は普段はそうしたルールメイキングに携わる方々と接点を持ち、関係する事柄について意見交換や情報提供などを通じて、社会貢献につながるような取り組みをさせて頂いているのですが、4カ月でそれなりの人脈形成ができてきたように思っています。短期間でこれほど広いネットワークを形成することができきたのも、運が良かったとしか言えないのですが、関わっている皆様が本当に素晴らしい方々ばかりで、田舎から出てきた元地方議員の私に対して、また素晴らしい方を紹介して頂いて、そいうした縁がどんどん広がってきたからだと思っています。感謝です。

 また関西では今年度、いくつかの自治体の行政計画づくりにもコンサルタントして関わらせて頂いています。これまで議員として調査や審議してきた行政計画を、策定側から関われるのも素晴らしい経験だと思っています。また違った発見もありますし、あーそうなんだ、という驚きも多くあります。議員時代も勉強は結構頑張っていましたが、やはり行政側が持っている知見はすごい豊富です。大津市の場合、言っても出してもらえなかった情報やデータも、策定側だと自分で集めたり、行政にお願いして出してもらうこともできるので、地方行政における勘所や、政策形成の肝を短期間ですが、学ぶことができています。

 またこれ以外にもいくつかの話を頂戴しています。まだオープンにはできませんが、日本社会のパブリックセクタ―にイノベーションを起こせるような取り組みだと私は感じており、そうしたアクションにお呼び掛けしてもらっていることにも大変ありがたいことだと思っています。

 言うまでもなく、私が東京に来た理由はそうした人脈形成や経験値を積むことにもありますが、なによりも「就職氷河期世代の活躍支援」に関わることです。国では8月末に次年度予算の概算要求が締め切られ、現在、各省庁と財務省との間で、予算編成に向けた動きが活発になっています。政策形成も同時並行で進められており、政治や行政、そして関係者によって、就職氷河期世代活躍支援施策も順調に練られています。
 
 40歳の中年に差し掛かってきましたが、チャレンジを続けていきたいと思っています。
 


(ソーシャルイノベーションウィーク渋谷2019というイベントが現在、開催中です)


(おそらく現在、日本で最も元気なまちのひとつは渋谷。すごい活気です)


(マスコミ関係者にお誘い頂いて鎌倉のご自宅にもBBQに行ってきました)


(いよいよ、就職氷河期世代活躍支援がはじまります)


藤井 哲也







任期満了3か月。



 早くも議員任期が満了して3か月余りが過ぎました。
 前回の記事投稿から2か月の間にもいろいろなことがありました。

 ひとつは参議院選挙ですね。
 私は東京で公共渉外に携わり、与野党問わず様々な議員先生との付き合いをする関係上、今般の選挙ではほぼ何もできませんでした。滋賀県では自民党候補が敗れ、野党連合系候補が勝ちました。全国的にも自民党に一時の勢いはなくなってきたように思われますが、広く全般的にみると、大きく国会内の情勢は変わっていないように感じられます。引き続き、国会の動向もモニタリングしていきたいと思います。

 また政策関連で言えば、「就職氷河期世代支援」が、経済財政諮問会議で答申され、次年度2020年度からいよいよ本格展開されることになりました。東京に単身赴任している大きな理由の一つが、この「就職氷河期世代支援」であることから、なにかこの社会課題にも自分なりにできることをやっていきたいと思います。

 このほか私自身のことながら体調不良が続きました。慣れない一人暮らしだからだと思いますが、先日は1日に2回も緊急搬送されてしまいました。原因は不整脈。東京でのメインの仕事をしながら夜間、土日は関西での自治体案件をしているのですが、折からの暑さも加わり、過労・寝不足、ストレスで心臓の調子も悪くなったようです。痛風発作や椎間板ヘルニアも発生してしまい、議員時代よりも体を酷使していることは明らかなようです。もう少し、ゆっくり過ごしたいと思います。


(参議院議員選挙。選挙結果をデータ分析する動きも活発になってきました。国政で活躍されていたのを間近で見てきた二之湯武史さんとは今後とも親しくしていきたいと思います。)


(議員時代にはなかなか行けなかった祇園祭。今年は家族と一緒にゆっくりと楽しむことができました。)


(びわ湖大花火大会。これも議員時代にはなかなか行けなかったのですが、今年は初めて有料観覧席で楽しむことができました。)


(東京の住まいである中目黒。中目黒祭りは大変な盛り上がりでした。新参者の私もお酒片手に楽しい時間を過ごすことができました。)



(東京赤坂のサントリーホールも初めて。クラシック音楽が趣味の一つ。ゲルギエフ指揮PMFオーケストラ。ショスタコ4番など。上皇夫婦の臨席のもとで。)



(母校・立命館大学の政治学講義で講師。地方自治についてお話をさせて頂きました。今後も折を見て様々な場でお話していきたいと思います。)



(母校・京都大学公共政策大学院の同窓会。第一線の先生方や官公庁で働く方々、民間セクターの重役の方々、学識経験者の皆様と今後も交友を広げていきたいと思います。)




藤井 哲也




任期満了1か月。



 市議会議員の任期が満了して1か月が経ちました。
 おかげ様で元気にしております。

 メインの仕事フィールドを東京に移し、聞きなれない職種ですが「パブリック・アフェアーズ(PA)」というものに従事しています。よく似た職業に「ロビイスト」がありますが、PAは政治家や関係者に金銭を渡したり仰々しい接待をすることはありません。公明正大に社会のために、正面から政治家や中央省庁、行政やその他関係者へエビデンスに基づいた情報を提供し、様々な機会やルートを通じて働きかけて、ルールメイキングをしていく仕事になります。
 例えば、柔道を始めスポーツでは時々大きなルール変更がありますが、これらはPAと呼ばれる人が働きかけた結果であり、また国家間レベルではTPPのルールメイキングも広い意味でPAといえます。

 2003年に設立して代表を務める会社があって、そちらをそのまま事業拡大していくということも選択肢にあったのですが、とあるキッカケで、とある企業と接点があり、比較的自由に動き回っていいということでもあったので、全く未経験の仕事ながら、レールから一度離れて、敢えて困難な道を選ぼうと決意しました。
 (自分の会社としても、また個人事業主としても、関西の幾つかの市町で行政計画策定支援コンサルのお仕事や、人事採用コンサルのお仕事も頂戴しております。いわゆる兼業副業です。)

 本来、私がやりたいのは就職氷河期世代の対策であり、また世界の貧困問題へのアプローチです。
 市議会議員はもとより、自分の事業の延長線上に、そうした問題への貢献はあるにはありますが、はるか遠い何光年先の話でした。それならいっそ、全く新しいことにチャレンジして、不確実性は非常に高いものの、自分が本来やりたいことに近そうな仕事に直感でついてみるのもいいかもしれないと思いました。(まだ様子見段階です)
 プランドハップンスタンス理論に基づくと、その時々のチャンスというのは、後から振り返ると、最善の道だったというものです。とりあえず、楽天的に頑張りたいと思います。
 
 家族とも潮干狩りや小旅行、クラシック音楽鑑賞などで時間を過ごし、また東京に来てからは仕事仲間と東京の色々な場所に行っています。
 仕事ももちろん。プライベートも充実して、一回りもふた回りも大きな経験、人的資産を築いていきたいと思います。














フジイテツヤ





8年間の振り返り。感謝。


 8年間の大津市議としての議員活動も本日をもって終わります。
 これまでお世話になってきた方々に対して心から感謝申し上げます。

 1期目の振り返り記事や、2期目の振り返り記事は以前書いておりますので、本記事では8年間をさっと振り返ります。


 

 

 

 

 



 8年間はあっという間でした。充実した毎日でやりきった感をもっています。
 どれだけ地域のため、大津のために役立てたのかは他人が判断されるものですので、敢えて自分としての評価は控えたいと思います。「こんなとき、あの藤井議員がいればなぁ・・」と思って頂けるような事があれば、それは大変光栄なことだと思います。そういう議員活動ができていたのだとすれば、それは活動を支えて頂いた皆様のおかげです。 
 ➡8年間の議員活動の報告書(全43号)

 さまざまな有意義な経験ができたことは自分の人生にとっても本当によかったと思っています。これまで培ってきた経験や知見を生かし、まだ人生は長いので、これまで以上に社会のために活動にまい進していきたいと考えています。

 個々のお名前を挙げて御礼申し上げるのは憚られるのですが、政治の道に歩むきっかけを与えて頂いた堀場製作所創業者・堀場雅夫さん、みんなの党代表・渡辺喜美さん、京都市議・村山祥栄さん、父親のように議員活動を身近に支えて頂いた真野学区自治連合会会長・髙間敏次さん、元大津市副市長・井上俊生さん、そして最も自分を犠牲にして支えてくれた家内と息子には、特にお世話になってきました。本当にありがとうございました。
 
 まだまだ私の道は続いています。
 市議会議員という公職ではできなかったダイナミックな事にこれから数年間はチャレンジしていきたいと考えています。まだ40歳。いまが一番脂がのってきた時期だと考えています。

 引き続き、これまで同様のお付き合いを皆様にはお願いいたしたく存じています。
 本当に8年間お世話になりました。感謝の言葉しかありません。ありがとうございます。
 これまで関わってきて頂いた皆様の健康とご多幸を心から願っています。祈。


大津市議 藤井哲也拝







第22回 ふれあい鯉のぼり祭り「真野」



 おかげさまで第22回 ふれあい鯉のぼり祭り「真野」のオープニングイベントを終える事ができました。今回は地域にある福祉施設「真野しょうぶ苑」の駐車場をお借りして盛大に行い大変風雨が厳しい日でしたが約1千人の方にお越し頂きました。

 第19回目からイベント長を務めさせて頂いてきて今回で4回目。今回も関わって頂いた自治会や各種団体、協賛企業様のおかげで開催することができ本当によかったです。本当にありがとうございました。イベント当日はとにかく寒い日でした。多くの方にご負担とご迷惑をおかけしました。すみませんでした。関わって頂いた皆様に心から感謝申し上げます。






 
 3月から県議会議員選挙、市議会議員選挙、そして鯉のぼり祭りと、駆け回ってきました。
 ようやくひと段落。そして議員の任期も残すところ今日と明日だけです。

 私のちっぽけな期待。大津市議会内の権力構造が変わって欲しい。市政に対して真っ当に監視機能を発揮できる議会であって欲しい。当選者一人一人の良心に期待したいと思います。
 選挙は終わりました。ですが、大津市の今後4年をかけた戦いがいま行われています。
 本当に大津市のためを想い立候補されたのか、単に議会ポストや名誉が欲しかったのかを有権者や支援者はしっかりと見ていると思います。私も各議員の判断を注目しています。
 


フジイテツヤ






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