市議会議員選挙には立候補しません(その理由)

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 明日から始まる大津市議会議員選挙には立候補せず、2期8年の大津市議の職を任期満了をもちまして卒業いたします。
 今から8年ほど前の2010年12月に、政治行政を通じて若者の新たな雇用創出をしたいと考え立候補を決意して以来、本当に多くの皆様に熱心に支えて頂いてきました。誠にありがとうございます。





 実は立候補しないことを内心で考え始めたのは一昨年の夏でした。ちょうど大学院の研究論文(修論に相当)のテーマ設定を考えている際に大学院卒業後にも役立つ研究をしたいと考え、今後の自身のキャリアについても考えるキッカケになりました。
 そして昨年正月から3月4月頃にかけて、立候補しない方向性を自分なりに固め、所属会派議員や地元有力者にも思いをお伝えしまた相談してきました。
 市議自体は卒業するものの、その後の身の振り方については県議を考えてきました。
 そもそも1期目の選挙のときには公認申請を滋賀県議で出していたのですが、当時現職だった蔦田恵子氏が党公認を申請されたこともあり党内調整で市議で当面頑張るということになりました。私の政治の原点はやはり「若者の雇用創出」ということでした。ですので、広域の経済対策・産業振興対策、雇用対策などを担当している「県」で活動したいという想いを抱いてきました。2期目の選挙のときは、ある党から県議の公認申請をしたのですがその時も横やりが入り県議立候補はなりませんでした。
 そうした経緯があり昨年の県議補選でもチャレンジしたい思いを周囲に伝えましたが、地元現職県議がいる中で本選(統一選)に与える影響を考慮し立候補を断念しました。が、結果的に本選では応援した候補が当選できず、補選で立候補された候補が今回も当選されることになりました。

 昨年行われた補選を踏まえて、昨年の年末から今回の市議選に立候補しない事を、徐々に地元の方々や後援会の仲間にお伝えしてきました。多くの方が慰留して頂き、真野学区自治連合会の皆様や前回選挙対策本部の役を担って頂いた皆様からも激励のお言葉を頂戴しました。昨日もわざわざ首長経験者の方が私のところへ足を運んでいただき、まだ間に合うから立候補してほしいというお言葉を頂戴しました。本当に有難く思います。ありがとうございます。

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 今回私が立候補をしない理由は以下の通りです。

 1点目は、「県議の枠が順当に回ってくるとしても12年以上先になる」ということです。何度も繰り返しになりますが、私は若者や私の同世代(就職氷河期を経験したアラフォー世代)のために雇用創出や新たな価値創造をしたいと思い政治を志しました。市議会議員でできないことはありませんが、フィールドとしては「県」や「国」の仕事だと思っています。
 自民党という制限がある中で今回の県議会議員選挙の結果や大津北部の人口動態を踏まえて考えると、県議枠が空くのは12年以上先になると思われます。私が本当に政策的支援をしたいと考えている就職氷河期世代はその頃には50歳代となっており、「時すでに遅し」と考えています。
 私は就労支援や人材育成を業とする会社代表を務めていますので、キャリアの再構築のむずかしさを現場レベルでよく分かっているつもりですが、やはり40歳代が個々人のキャリア再構築のリミットだと考えています。10年後では遅いのです。

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 2点目は、「大津市における越ー竹内照夫議員の互恵構造の中で活動しても無意味」だと感じたコトです。現在の大津市の権力構造を言葉などで表すのは非常に困難なのですが、私自身が感じている権力構造は下図の通りです。




 越市政をいいと評価している人もいると思います。しかし前回市長選挙で言えば約6割の人が越市政がいいと評価しませんでした。現在も多くの方が越市政は問題が多いと言っており、私自身もそう感じている一人です。
 市議会は様々な考え方をもった方々が集まり議論する場です。そうしたことから市民の皆様と同様に越市長に対して肯定的な議員、否定的な議員がいます。しかし、一部の議員に権力が集中しており、その議員が市長と互恵関係にあるのが現在の市議会の構造だと私は考えています。
 そうした構造の中で越市政に対してどれだけ理路整然と厳しく問題指摘するなどしても「意味がない」と私は感じています。逆に厳しく追及すればするほど、議会最大会派と友好会派で過半数を超える勢力の影響力、パワーを高めるだけではないかと考えています。

 つまり、市長サイドからすると「自分のイメージダウンにつながるような事柄はあまり大きな問題にならないように議会内でコントロールしてほしい」、「議案はすべて問題なく通してほしい」という想いがあると思います。これに対して、うるさ型の議員や会派のガス抜きをしながら議会運営が進められ、滞りなく議事進行されて最終日には全議案可決されることで、議案を通してくれた最大会派や友好会派のポイントが上り、最大会派所属議員や会派の要望等が通りやすくなるという構造になっていると感じています。
 今回、私と同様に立候補をされない山本哲平議員や、元湖誠会のベテラン議員であった武田平吾議員も同じことを述べています。
 越市政の問題を指摘すればするほど、得するのは湖誠会などの穏健議員ばかりです。
 こうした構造の中でモチベーションを維持するのは結構大変で、1、2年ならまだしも、今後4年間、鬱屈とした議会村の中で、貴重な時間を費やすのはあほらしい、時間の無駄だと思うのです。

 ちなみにこの構造を形成しているのは議会と市長だけではありません。
 市職員や議会局職員も関係しています。

 「市民センター機能等あり方検討」がここ1年盛り上がっていましたが、「実施案(よりよい案)」を策定する過程で、市は市議会議長や庁内検討委員会を差し置いて、竹内照夫議員と協議するスケジュールを組んでいたことが分かりました。結果的に、スケジュールされた日程に湖誠会は会派視察をしていたため、その日には協議はされなかったということです。
 ただ、議長への報告や市内部協議の前に「竹内照夫議員にお墨付きを得ておこう」という考え方が根強くあることが分かりました。




 また昨年、大津市議会では「議会選出監査委員(議選監査委員)」を廃止しました。
 この提案は議会運営委員会で山本哲平議員が起案し要請を受け、私がその必要性を議会運営委員会で述べ提案したものです。しかし、議会局の清水氏が述べるには、「自分が最大会派の幹事長に打診した」とあります。
 → 議員ナビの当該ページ

 以下文中から一部引用した文書です。
 

清水克士(大津市議会局次長) 
 大津市議会局次長の清水です。私は、自治体職員の立場からお話ししたい。執行部にいたとき、監査委員と対峙(たいじ)する実地監査は、真剣勝負の場であった。ところが、議会局に来て実地監査の印象は一変した。代表監査委員や識見監査委員は、隣にいる議選監査委員に忖度(そんたく)して、いかにも質問しづらそうであり、議選監査委員も自らを監査することになるので、天に唾するような感じの微妙な空気となるからだ。それが、制度的に無理があるからではないかと感じたきっかけである。私が議会局に来てから、議選監査委員が議会のために具体的に役に立ったことがあるかと問われれば、少なくとも大津市議会では皆無である。
 (中略)それで改正自治法が成立したとき、少なくとも施行日までに大津市議会として結論を出すべきだと、最大会派の幹事長に打診したら、「あなたはどう思うのか」と聞かれた。当然、制度論からいえば廃止するしかないと伝えたが、制度論の観点から議会運営委員会で議論するのは難しいといわれたこともあり、大津市議会としては制度を継続することのメリットやデメリットの観点から議論された。


 「議選監査委員が議会のために具体的に役に立ったことがあるかと問われれば、少なくとも大津市議会では皆無である。」と、あまりの言われようだと思うところですが、ここではそれは置いておき、ここでも議会局が向いているのは最大会派幹事長である竹内照夫議員です。
 公的な記事にこのように書いている以上、これは事実なんでしょう。

 ちなみにこの文章の執筆者である議会局の清水克士次長は、行政学関係者の中では有名になってきており、この職員の力や人脈により大津市議会が議会マニフェスト大賞受賞や議会改革度ランキング上位の評価になってきた面もありますが、一方でこの方の配偶者が以前、越市長の秘書をつとめ現在は市長部局の次長を務めていられている(市長のお気に入り職員と議会局の中枢職員が夫婦という関係)なども微妙に市長と議会との構造に影響を与えていると感じています。
 
 話は戻ります。さて、市職員や議会局職員から総じて忖度や一目置かれる竹内議員の存在感はすごいと思うのですが、大津市議会において、「ほぼ一強」と言えるこの状況は好ましいのだろうかと疑問を抱きます。
 最大会派である湖誠会に所属されている議員も一強と言える竹内幹事長の下で恩恵を受けているのかもしれませんが、構造的にみると、越市政に対する監視能力を緩める作用につながっているように私は感じています。こうした構造に対して湖誠会所属の若手議員の中には不満を抱く方も多い様で私も頻繁に話を聞きました。しかし会派内部ではどうやら竹内幹事長に対して発言はできない雰囲気ということのようです。
 この際、うるさ型議員?である私が市議会を卒業することによって(しかも山本哲平議員も卒業されます)、議会の中で市長に対して公の場で厳しく問題提起できる議員が減ることで、相対的に最大会派(というよりも、一部の権力を集中している議員)の影響力を低下させることができるのではないかと思うのです。(このあたりの権力構造については、なかなか議会の外にいる方には分かりづらいかもしれません。私もうまく表現ができていないかもしれません)

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 3点目は、私の年齢です。
 去年40歳となり、本来であれば人生で最も脂がのった時期を迎えることになります。
 そうした時に本来自分がやりたかった県議でもなく、また「頑張れば頑張るほど、良くない方向に市政が動く権力構造」の中で仕事をしても、自分のためにもよくないと思いました。
 幸い年が明けてから、自分の出処進退に関して述べさせて頂くようになってから、お仕事の依頼もけっこう頂戴するようになってきました。その中には国や社会に対して大きなインパクトを与える仕事もあれば、地方自治体の各種計画策定支援のように地域に対して貢献できる仕事、これまでの政治行政の経験を生かした大学での仕事などもあります。
 同じ4年間を無為に過ごすのであれば、有意義に過ごし自身の経験値を積み、普通では経験できないような大きな仕事にも取組み成果を上げ、そうした経験や成果をテコに、今後さらに大きな仕事に取り組みたいと思います。

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 先月、2月通常会議閉会日に退任予定議員の挨拶の場がありました。が、私は登壇しませんでした。市議選や県議選への立候補の可能性が0%ではなかったからです。
 しかし、県議選を終え、また市議選公示を明日に迎え、私の気持ちはけっこう晴れやかです。
 
 現在の大津市の権力構造を変えてくれる候補がたくさん出てくれることを心から願っています。そしてそうした候補が当選できるように私も微力ながら応援していこうと思っています。それが大津市議会議員として最後の仕事だと考えています。



フジイテツヤ







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